2010.04.06

Dear Liz

森の向こうに流星が墜ちた


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藍い夜の畔、静かな灰が降る
緩やかな丘から入り江に向かって曵かれた轢削の先
黒く焼け焦げたトラス、捻じ曲がった鉄骨が風に鳴る

あの星のどこかから還って来た機体
試料カプセルを放出して後、どんな偶然か燃え尽きることなく
この湖に降りて来たのだ

設計寿命を越えて尚、故郷を目指し噴射を続けたイオン・エンジン
生まれた星を探し続けたアンテナも、今は鈍色の躯と区別がつかない
スタートラッカもビーコンもとうに機能を失い、カプセルが回収されれば
探されることもなく、いつかここで雨に射たれ、何も言わず朽ちて行くだけ

それでも、40億kmを越えて、この探査機は還って来た
誰も知らない頂きの曙光が、傾いだフレームを照らす

水辺へ伸びる影の先に、朝露の雫が落ちる

鳥の声が聞こえた気がした

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2010.01.08

ダダ漏れの力02

もう誰も待ってないと思うけど今頃更新。

今更オリジネイターぶるつもりも無いが、これまた3年くらい前、「ライブ・ストリーミング男」の話を考えた事がある。前回の「ヤマダ・オン・デマンド」の拡張ね。

一種のネット・オタク的な人物が、周りの状景と音声を常にライブ配信し続けている。風呂入る時もオ○ニーする時も、で、2ch的な処で当然話題になる。最初はただの変人だったんだけど、そいつが有名になるにつれて、対人関係が微妙に変化して来る。配信されたくない奴は避けるけど、面白がったり、何かに利用しようとする奴は近づいて来る。他人のブライバシーを含め、勝手に配信する事は個人の自由なのか、周りの肖像権著作権は...みたいな論争が起こったりして、ある者は強制的に止めさせようとするんだけど、その模様も当然生中継される。ネット世論はストリーミング男について来てて、みだりに暴力を振るうと、そいつのblogが炎上したり。で、最終的に政治とか人権にまで波及して行くって話。いや着想だけで1行も書いてない、書く前に現実がそうなっちゃったんだもん。


放置している間にiPhoneのUstreamアプリがリリースされて、そらのちゃんはすっかり有名人になった。彼女は勤務中いつでもtwitter出来るけど、みだりに鼻をかむ事も、欠伸する事も出来ない。なんて窮屈な、と思うかもしれないけど、それはTVタレントやニュースキャスターも一緒。いやそもそも社会人ならば仕事中は隙を見せぬよう、常に気を張っていなくてはならないのは我々も同じじゃないか、周囲にいるのが顧客か取引相手か、同僚かネットユーザーかの違い。そして彼女がプライバシーと引き換えに手にしたのは、大いなる周りの善意なのだ。

例えばそらのちゃんがダダ漏れしていると知っている人は、絶対彼女を不当に扱ったり、嘘をついたりしない。事業仕分け生中継がいい例だが、コミュニケイションが全て不特定多数に公開されている以上、本音も建前も無く、あくまで誠実に対応するしかない。嫌な奴は近づかなきゃいいだけだけど、ネットが不可欠になって来ている商業社会の中で、少なくとも彼女の(カメラが)見ている世界には、もう善人しかいなくなってしまう、ネット性善説。孟子が2400年前に、ジョン・レノンが40年前に思い描いたのとはだいぶ違うけど、これは突飛なように見えて、実は凄い事ではないか。


ソースが曖昧で齟齬があれば申し訳ない。ピーターガフリエルが起ち上げた国際人権団体WITNESSは人権侵害を受けている人々からビデオによる告発を受け付けている。かつてはアパルトヘイトに曝されている南アフリカの市民に無償でビデオカメラを配布する、というキャンペーンを行った。「あなたの周りで人権が侵害される行為が行われた時はそれを撮影し、送って欲しい。人権犯罪を視えないまま終わらせてはならない。」市民からの告発行為は、今やあらゆるネットで可能になり、実際効果を上げているが、具体的な証拠もさることながら、そのシステムの持つ抑止力も大きな意味があるだろう、まともな人ならば、カメラが回っている前で悪い事は出来ないのだ。街頭の監視カメラはよく人権や肖像権の議論の種になるけど、プライバシーを護る事と、虐待を未然に防ぐこと、どちらが重要だろうか。

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30秒インターバルで、周りの状景を撮り続けるカメラ「ViconRevue」。加速度センサや光センサも内蔵で、姿勢が変わったり、部屋の明かりがついたりした時にも撮影を開始する。内蔵メモリは1G、バッテリが持てば10日間分くらいは撮り貯められる仕組み。
こういう日常のベタ録りをライフログって言うんだけど、携帯写真やblog、twitterへの流れは、どんどんこのライフログへ向かっているような気がする。これがダダ漏れストリーミングと合体すれば、めでたく「ヤマダ・オンデマンド」の完成だ。14年経ってやっと時代が追いついて来た。

周り全員これをぶら下げているとしたらどうだろう、タリーが灯いてれば稼働してなくたって構わない。あらゆる行為が衆目監視、自分が常に不特定多数に評価されている世界。明日からそうなるのはまっぴらごめんだけど、生まれた時からダダ漏れなら次の世代は分からない。この思考実験はしばらく続けてみようかと思う。

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2009.11.16

ダダ漏れの力01

13〜14年前だったか、「オンデマンド」という言葉がIT関係の新語として使われはじめた。インターネットががやっと一般に普及しはじめた頃。どこぞの研究室にあるコーヒーベンダーにコーヒーが残っているかどうか、離れた部屋からライブカメラで確認するサービスがあったりして、そんなことを凄げーとか未来だとかいってははしゃいでいた。
で、マルチメディア業界の仲間とバカ話していて、ウチらも何かオンデマンドしたい! って事になった。

〜カッコウの巣箱にライブカメラつけてヒナの成長を見守る「カッコウ・オンデマンド」とか、
 知床のヒグマの首にカメラ着けて「ヒグマ・オンデマンド」とかどう?
〜カッコウはいいけど誰が野生のヒグマにカメラ着けんだよ!?
〜じゃ、山田君に着ける「ヤマダ・オンデマンド」は? 生活を24時間ネット公開すんの。
 視界の隅にチャット・ウインドウがあって、見てる奴から逐一ツッコミが入る。
 「そのビデオ先週も借りたぞ」とかガハハ...。

金も技術も無いヨタ話に過ぎなかったが、今考えれば別に不可能でも何でもない。誰が熊に鈴をつけるかは別として。


誰でもライブ動画配信「Ustream」のiPhone版アプリが間もなく登場する。Wi-Fiか3G回線がつながる処ならどこでも、全世界に生中継出来る訳だ。かつて音声、映像の配信は放送局の特権だったが、設備も免許ももう必要なくなってしまった。絵画/写真/文字/活字/電話/携帯/コンピューター/Web、かつての特権的なメディアが民需へスピンオフされて行った事と本質的なベクトルは変わらない。技術のエントロピーもまた大衆へ向け拡散して行くのだ。


あらゆる視線をライブ・ストリーミングし続けるダダ漏れ女子ことそらのちゃん、現在は行政刷新会議の事業仕分け現場で頑張っている。「ライブ・ストリーミング」より「ダダ漏れ」の方が一般化する勢い。記者会見、インタビュー、ストリートライブから事務所内雑務、お弁当作り、果てはメシ食いながら上司に説教されダダ泣きする処迄ダダ漏れとは恐れいるばかり。一部とはいえプライベートを投げ打ってのそのパフォーマンスはしかし、先に書いた報道インフラの解放と対人環境のパラダイム・シフトを想起せずにはおれない。

何がパラダイムシフトかって? その続きは次回に続くのだ。なんか日本語おかしいぞ!

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