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2006.05.22

神の見えざる手

[リーク情報]X-DAYは6.25! で,何んの?

いきなり大袈裟な話になるが,人生において最も重要な要素とは何んだろうか.アイデンティティの核となる構造物.全ての判断基準の源.愛情? 倫理? 誠意? 人によって様々だとは思うが,これをはっきり自覚している人は強い.選択に迷った時は,先ずそれを最優先に考えればいいからね.そんなものを探してもう20年くらいになる.その中でだいたい3つくらいに絞られて来てて,その内最も重要な一つは「論理」ではないか,と思っていた,数年前迄は,


先週,公立はこだて未来大学で,プロ棋士,羽生善治氏の公開講座が行なわれたそうだ.将棋の指し方の指導ではなく,「プロ棋士はどう思考しているのか」と言う内容の講座だったらしい.将棋はルールもよく知らないし,当然参加も出来なかった訳だが,その内容を抜粋紹介しているblogが興味深い.

詳細は読んでもらうとして,「一つの手につき80通りくらいの可能性がある」,「今ある局面から30手後のある積みの局面を仮定し,それに向けてつじつまを合わせていく」など,流石は3冠王,とうならせる高度に論理的思考.数十年前は「本筋でない」と攻められた定石外の戦法も,現在は有力な作戦として通用しているそうだ.かと思いきや,「対戦中に10手先を予想するのはほぼ不可能」,「人間の持っているキャパシティの限界を感じる」と弱気な発言も漏れる.論理こそ至上だと思っていた将棋の世界にも指し方の流行や,それに応じた読みあいがあり,最終的には勘とアドリブ,「ベストじゃなくても大体あってるという感じの判断」なんだそうだ.いいかげんなのではなく必要以上の思考を削ぎ落とした感じ.要は武道だと言う事か.Bonanzaにはそこが無いのね.

アムステルダム大学で行なった実験によると,車や家の購入など重要な案件において,情報を収集した後,しばらくその決断について考えないようにした方が,熟考した直後より適切な選択をする事が多いという.「注意無き熟考」ってやつか.

理性は情念の奴隷である」とはディヴィット・ヒュームの言葉だが,最近はこの意味がなんとなく分かって来たような気がする.冷静で機械のような思考に憧れてはみたが,他者とのコミュニケーションが重要なファクターとなってしまった今.自分自身の根源的欲求無くして論理的思考も成立しない.同じ結論に至るとしても,帰納より演繹的に行動してみる.自分に限界があるからこそ,そこに非決定論的事象が生まれる(というか見つかる).そこがワンダーなんだな.難し過ぎてよく分からないか.

で,残る重要な要素って? 紙面が尽きたのでそれはまたの機会に...

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コメント

非常に興味深い記事です。

投稿: 国見 | 2006.05.23 00:44

を,いつになくCOOLなコメントだなサミー.
この講座,聞きたかったなぁ.

投稿: bangchoo | 2006.05.23 00:48

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