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2009.09.28

昔の下書きを掘り返してみる

よくチェックしてた新らしモノblog、TATAKIDAIが復活してた。

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情報も視点もさんざんパクって、このblogのネタも1/4くらいTATAKIDAIじゃないか。人んちのリンゴもいで並べてるみたいで後ろめたい気持ちもあったけど、面白いコトは共有した方がいいと思ってさ。閉めてるうちは下書きのURLも死んでたんだが、今ならまた見られるかもしれないと思ってURL飛んでみた。

http://news2.videoboys.tv/?mode=article&id=12574
とか
http://news2.videoboys.tv/?mode=article&id=12469
とか

なんかPhotoshop関係のネタ集めてたんだ、でも今見てもあんまし面白くないや。それ以上に意地で無理矢理更新してた時のカンジ思い出してちょっとムズムズした。今でも下書きは100本以上あるけど、もう半分くらい使わないんじゃないかな。

こうしてる今もぶっちゃけ仕事の途中なんだけど、モチベーション上がらない時義務で書いてもロクな事が無い。
とゆことで今日は内容ナシ。下書きはあとで読み返してイケるようだったら続けてあげるよ。

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2009.09.27

お兄ちゃんのiPhone借りて、

バスに乗って先輩の家まで。こっそりセカイカメラで、先輩の家の前に、大好きですって、エアタグ貼ったの。先輩、iPhone持ってないから、きっと気がつかないけど。彼女がいる先輩に言えない言葉、誰にも内緒で置いておかせてね。

〜別に萌えネタが好きな訳じゃないが、セカイカメラのロマンチックなとこはコレなんだよなー。

連日似たようなハナシで申し訳無い。
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自分で見つけたり教えてもらったりしたセカイカメラのTipsを幾つか、

[1]1つのタグの下にテキストや画像を追加する事が出来る
〜エアタグは1つ1つがスレッドみたいになっていて、開いた状態でメニューからテキストとか画像を取ると、その下にぶら下がって行く。写真にキャプションつけるのもこれなら大丈夫。ランドマークにもつけられるのはハッとしたね。

[2]ぶら下がったテキストや写真はtwitterに連携しない
〜セカイカメラにtwitter IDを登録しておくと、タギングした時にtwitterにもポストされる。写真はtwitpic経由。でも元からあるエアタグに追加した分はtwitterには出ない。サウンドも行かない。

[3]遠くで密集してるエアタグは、まとまってる辺りをプレスしてるとこっちに寄って来る。
〜ランドマークとごっちゃになって選択しづらい時に便利。ぐるぐる回りながら出て来るのでちゃんと1コ1コ分かるよ。

[4]垂直情報はiPhoneを基準にベクトルで定義(されているのでは)
〜例えば料理の写真を上から撮ると床近くにタグされる。GPSも無線基地も、iPhoneの2D座標しかセンシング出来ないから、基本目線の高さを基準にして、撮った時の方向と仰角でエアタグが浮かぶ位置を決めているんだと思う。人のエアタグを見る時は、自分がタギングしたiPhone、その相対位置にエアタグが現れる。筈だ。複数のiPhoneで、同じ場所で検証したいがトモダチ少ないからなぁ...。

その他のトリビアはココココとか、イグチさん本人をフォローしてると教えてくれるかも。

それにしてもエラい勢いでバッテリが減る。昼間90%くらいで外に出て、街中でタギングしてたら3時間くらいしか持たなかった。外で遊ぶ時は予備バッテリがあると便利。エネループがおすすめ。あとWi-Fiを切るとバッテリの保ちがだいぶ違うよ。タグの位置精度は下がるらしいが、ナビに使う訳じゃないし。

それから写真撮る時モニタの中にフレームが出るけど、この内側にトリミングされるのね。ついいつもの癖で、画面全体で構図作るから、みんな寸詰まりの画になっちゃう。フレームの外が黒身になるといいんだけど、早く慣れなきゃ。

札幌市中央区でタグ見つけたらメッセージ下さい。一緒に遊ぶ人募集中!

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2009.09.26

セカイのマドからコンニチハ

昨日書いた「セカイカメラみたいなウェアラブルのネットワーク・グラスがあったら」ってアイディアはもうアニメであるんだってさ。

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なんだぁよく出来てるじゃん。思いついたのはどっちが先か分かんないけど作品見せられちゃ口惜しいけどどうしようもないね。今度DVD借りてみよう。

で、セカイカメラ使ってて気がついた事。

[1]高度情報が無い(のか?)
〜GPSマッピングは2Dだから当たり前といや当たり前なんだけど、iPhoneのセンサは3Dなので、上下にパンするとエアタグがフレーム・アウトして行く。ビルの上下階でタグ打ったらごっちゃになるかも。位置精度が大ざっぱなのはしょうがないとして、マルチユーザでバーチカルな分布をシミュレートする方法無いかな。ああでもインディケータには3D分布してるようにも見えるしな、どうなんだろ。

[2]写真や音にもテキストを付けたい
〜写真に小さなキャプションがあると良いんだけど、現状1タグ1メディアなので写真撮ったら写真だけぷかぷか浮いてる。毎回プロフィール代えればいいのか? いやそれじゃ全部更新されちゃうしな。しょうがないから今は同じ場所でテキストも同時に打ってる。バージョンアップに期待。

[3]スパム・エアタグをどうするか
〜今の札幌では中心部でもスカスカ状態だが、早晩どうでもいいタギングに埋め尽くされて、有用な情報が見つけられなくなる可能性がある。既にアキバは結構な過密状態らしいね。ここをモラルに頼るのは恐らく不可能だし、SNSみたいなフィルタでトモダチワールドしか見えなくなるのもなんかねー。ユーザー同士でタグにレーティングするとか...?

取り敢えず今後は記念カキコみたいなイミ無しタギングは控えて、出来るだけ内容のあるモノにして行くつもり。現状のシステムで面白そうなアイディアもいろいろ湧いてるので、時期を見て発表します。

しかし返す返すもこんなにワンダーなおもちゃと出会ったのは久しぶりだ。iPhone持ってるヒマな人は全員やるべき! 札幌のユーザーはtwitterのフォローよろしく!

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2009.09.25

真夜中のジュールヴェルヌ通り

blogが復活してから、自分の頭ん中の事をくどくど書いてばかりいるので何か実のあるモノでも紹介しようか。


セカイカメラを落としてみたよ!

セカイカメラは頓智ドット株式会社が開発したiPhone用アプリ。起動すると、iPhoneのカメラを使って見える景色に様々な情報をオーバーレイ表示する事が出来る。例えば街中の建物の名前とか店内の商品とか。で、このフキダシみたいなのは「エアタグ」と言って、1つ1つがGPS情報とリンクしていて、特定の場所に表示されるように設定されている。iPhoneにもGPSセンサと加速度センサが入っているので、iPhoneを覗きながら歩くと、別のタグが次々とフレームインして来たり、近づくと拡大したりする。iPhoneを通してだけ見える、普段は透明な看板がいっぱい立ってる感じ。言葉で書くより動画見る方が早いか。実際にいじれば一発で分かるんだが。

園芸ラベルみたいなお店の名前とかは、Google Mapなどにも出て来るパブリックなランドマークなんだけど、ユーザーは自分で任意の場所にエアタグをつける事が出来る。Google Mapのピンみたいなもんもね。で、他のセカイカメラユーザーが覗いても同じ位置に表示されると。エアタグには投稿者のIDの他、テキスト音声静止画動画なんでも貼れるよ。これがアプリ本体わずか1M、タダで手に入るんだから凄い。

自分でも自宅とか会社の机とか、幾つか貼ってみたけどかなり楽しい! やってるこたGoogle Mapと同じだけど、実景に重なるとインパクトが違う。Google MapやストリートビューをゲームボードにしてRPG作ったら面白いと思ってたけど、これでどんどんタグ打って行けばまんまRPGに出来るかも。

昨日出たばっかりでここ札幌だし、まだたいした情報は無いんだけど、シブヤとかアキバとか凄いんだろな。覗きながらすすきの歩き回るだけでもアガる。ユーザーのタグは色や形が違うので、見つけるとついついそっち行っちゃうよね。危ないので良い子は覗きながら歩くのは止めましょう。

3G回線で、パブリックなタグ見てるだけじゃ大して役に立たないんだけど、これが広告媒体になったら化けるよ。タグ一つの情報も増えるし、GPSだけじゃなく物体からID情報拾えるようになったらもうセカンドライフところじゃない。いつかこの視界にしか見えない看板や、建物や、もしかしたら歩き回るアバターだって現れるかもしれない。

My Bible「Neuromancer」にピーター・リヴィエラってキャラクターが登場するんだけど、こいつは他人の視覚をインタラプトして任意の映像を見せる事が出来る。一人にとっては幻覚でも、周囲の群集全員に同じ幻影を見せれば、そこにあるのと同じだ。

現実に重なるネットワークのレイヤ。こいつがスカウターみたいにウェアラブルになったら、みんなそれをつけていたら...。って妄想して、小説のプロット出来るなーと思ったのは何年前だっけ。こうやってリアルになって手元にあるのを見ると、口惜しいような嬉しいような不思議な気持ちになる。twitterよりよっぽど刺激的だ。我々は未来に棲んでいる。

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2009.09.24

ラエソルタロウ

昨日はふみの日だった訳だが、手書きの手紙の良さを見直そうなんて企画を起てて、ほんわかエピソードが大量に届きなんかイイ事したような気分になったりした。メールもblogもtwitterも、テキストでコミュニケイションするのは好きだけど、ぶっちゃけ直筆の手紙とか寄せ書きとかはぞっとしない。親しい知人は知ってると思うが、もう文字の汚さが尋常じゃないのだ。

書とかフォントとか、タイポグラフィは人一倍好きな癖に、自分の書くモノには全く自信が無い。似非論理的で胡散臭い文章をぱぱっと作るのはまあ得意な方なんだけど、PCとプリンタが無けりゃただの電波文書、活字の説得力って凄い。
歌の巧い人は、音痴なヤツがどうして音を外すのかなかなか理解出来ないように、筆致が思うままにならないもどかしさは字のキレイな人には想像がつかないだろう。例えばひらがらの「ふ」を書く時、文章の中の「ふ」だけを並べてみれば、書いた人を同定出来る相似点が見えるものだが、自分の場合毎回「ふ」のカタチが違うので、書いて来た文字を見返すと、本当に今自分が書いた文字なのかどうか分からなくて怖くなる。文字自体がゲシュタルト崩壊を起こしているよう。

Photo
まだ日々の進行表がが手書きだった頃、「シェリルクロウ」って書こうとして「シ」と「ソ」の字が汚く、「ク」の上に消しゴムのカスが乗ってコピーされたもんで、On Airリストに思いっきり「ラエソルタロウ」って出ちゃったという伝説がある。あまりの乱筆に某DJがシビレを切らし「一度くらい本気でキレイな原稿を書いてみろ」と怒られた。そこまで言われるならやってみようじゃないと襟を正し紙に向かったが、整った文字を書こうと集中すると、構成の方に集中出来ない。キレイな文字になればなるほど、文章はつまんなくなって行くのだ。結局3分くらいの原稿に30分かかったあげく、後半は元の統合失調的筆跡になってしまった。

よく考えてみると、ふだん文章を書く際、今書いている5〜10単語くらい先のセンテンスを意識しながら書き進んでいる。時には1パラグラフまるごと思いついて、それが意識から消えないうちに書き写して行くようなイメージ。そうすると、今指先の1文字に集中してしまうと、次に何を書くつもりだったのか忘れてしまうのだ。PCで文章を作るようになってからはもっと顕著で、導入と帰結、展開をバラバラに書いてから入れ替えたり組み合わせたり、最後に合体させて仕上げたりいている、もうシーケンシャルに手で書いていては発想すら出来なくなってしまった。

deleteキーの連打もよくやるなぁ。いつでも消せたりコピペ出来る状態じゃないとリラックスして考えられない。だからボールペン恐怖症、カーボン複写の伝票とかサイアク、絶対書き損じる。最近は記入前に一度COPYして下書きし、機械的に書き写したりしてる、それでも書いてるうちについ下らない事思いついて間違うんだよ!!

自分の悪筆の原因については、もうちょっと心理的、運動生理学的理由があるんだが、ここまで掘り下げるともう誰も読んでくれないのでまたの機会にするよ。

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2009.09.23

つぶやきタロー

流行ってると言われるわりには周りでやってる人をあまり見かけないtwitter、カッコつけるなら今が旬かとはじめてみて取り敢えず一月経った。まーそこそこ使いこなせるようにはなって来たけど、ぶっちゃけいう程画期的だとか、凄いもんだという実感は無い。これで世界が動いたりする訳? だいぶ盛ってね? てカンジ。

どこからでもサクっと書き込めて、文字だけだしブラウズも軽いのはいいよね。URL短縮とか写真張りつけもまあまあ便利。特にiPhoneとの親和性は非常に高くて、iPhone買わなけりゃハマらなかったかもしれない。
出会いのきっかけとしては発言検索も楽しいんだけど、「iPod」とか英単語で検索するとガイジンがうじゃーって引っかかるのは、まあしょうがないとはいえマイノリティの排斥感を感じるなぁ、半角カナとかもうローカルルール有るのかもしれないね。

twitter使った初日に書いたけど、この感じ何かに似てるなと思ったら深夜のチャットルームみたいなモノだ。7〜8年前かな、知り合いのサッカーチームのHPがやたら充実してて、サッカー全然知らないのによく入り浸ってた。PerlとかCGIが盛り上がってた時代さ。で、夜中寝る前に誰かいるかなーってチャットルーム覗いて、誰も居ないけど足跡ついちゃったし、2〜3行適当に書き込んで落ちる。翌日行ってみると、その何分後かに誰かがレス返してるみたいな。文字数とかスパンとか、孤独感とか距離が似てるのな。そういえば当時も「つぶやく」って感じ有ったよ。

考えてみるとSNSの寄り合い制とか身内感って、マイナーな個人サイトに集ってた常連の感覚と近いよね。紹介システムは無いけど、知らない人は滅多に来ない。BBSやメーリングリストの時代を振り返れば、mixiの過剰なサービスやアメニティは過保護にも見える、全員素人だからしょうがないのか。メンタル・セキュリティをシステム任せにしないで、自分たちのリテラシーと共通認識をフィルタにすれば、フル・オープンの方が面白いんじゃないかな...、ああ話が逸れました。

「渋谷なう、飲みに行く人募集!」とか書くとすぐ何人か集まるようなコミュニティに憧れてはいるが、札幌在住、未だ2ケタのフォロワー、しかも殆どリアルで知らない人ではまだまだイノベーションを体感するまでは行かない。でもそんな人の方が多いと思うぞ、ネットは既にスノップな人だけのものではない。パワーユーザーじゃなくても体感出来る楽しさを演出しなくてはいけないのか、まあそれがmixiなんだが。

あれ話がループしてる? 直書きだとすぐこうだ。まだ書く事有るような気もするがまとまらなくなったのでここ迄!

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2009.09.22

fracture my heart

知人がtwitterに書いてたんだけど、忍耐力がなくなった、とかモチベーションが持たなくなった時「心が折れる」って表現が使われるようになったのはいつからだろう。

若い時大変お世話になって、今でも師匠のように思っている元某ステーションの編成部長さんがいるんだけど、2〜3年くらい前経営陣とヤリあって、納得行かない方針を通されちゃった時、頭丸めて退社しちゃった。
その後紆余曲折あって、会社の英断はうやむやになり、どちらが正しかったのか分からないまま、師匠は今では山小屋みたいなレコーディンク・スタジオの管理職に落ち着いて、スタジオなんだかペンションなんだか分かんないステキな現場で悠々自適(でもないか)っぽい仕事をしているんだけど、ずっと信念を持って戦って来たその人が、生き甲斐いでもあった現場を離れる気持ちをして、誰かが「心が折れちゃってね」って言ってた。確かその時、この言い回し前にも聞いた事あるって思ったから、その前に誰かが言ったんだけどもう覚えてないや。

件の知人は「心が折れる」と言う表現に関して、「折れる」対象であるところの「心」の質感に違和感があると言っていた。曰く、心は膨れたりしぼんだりする柔らかいイメージで、破断する程硬質なマテリアルではないんだそうだ。
なるほど「ガラスのハート」とは言うが、実際は失望して粉々に砕け散る程繊細な心臓は持ってないわな。弾性破壊を吸収する適当なマージンもある感じ。

でもこの「折れる」って表現、個人的には結構しっくり来るのだ。今まで張って来たテンションが緩んでしまったというか、ずっと守って来た心の砦が瓦解してしまった、みたいな。「思うにそれは、単に断裂する意味の「折れる」ともちょっと違う。単に凹んだとかやる気がなくなったなら「しぼむ」でも「破れる」でもいいんだけど、何かのきっかけで今迄持ち続けて来た道のような、長い橋のようなものが「折れて」しまう。リニアでシーケンシャルな意志が途切れてしまう感じ。「心が折れる」には時間軸があるのだな。

幸いにして未だシリアスに「心が折れた」事は無いんだけど、例えばジョギングが面倒くさくてやめちゃった、とか分冊百科を毎号買わなくなったのも「心が折れる」だよね。blog更新も然り、ああもうこの話題はいいや。

英語だとなんて言うのか考えてたんだけど、上の”fracture my heart”でいいのかな。真っ直ぐなものが折れちゃうもったいない感じは”break”じゃないよね。"snap”じゃ軽過ぎで悩みが無いしなぁ。だいたい英語には「真っ直ぐなものが折れて残念」って価値観あるのか? よく分からないまま心が折れて考察もオチも無しだ!

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2009.09.21

どうせヒマでしょ

blogを再開するにあたって意識する事

[1] 意地を張らない
〜毎日更新とか1000文字以上とか、妙なハードルを立てない。目標水準に達しなくてもへこまない。

[2] 公開してから推敲する
〜迷ったり詰まったりしたら草稿状態でも取り敢えず上げる。流動的コンテクストダダ漏れ。

[3] エナジーが切れたら適当に休む
〜自分のキャパシティをあるがまま受け入れる。書く事が楽しい状態をキープ。

[4] 記録に残すべき事を書く
〜とはいえblogはアーカイブに足る内容を心がける、日常の行動報告はtwitterで。


約半年間blogを休んで改めて気づいたのは、こんなもの辞めた処で大局は何も変わらない、という事だ。

インターネットプロバイダのアカウントをとって10余年、いつの間にか仕事の上ではクリティカルなインフラになったが、個人の日常生活に於いて、ネットは未だライフラインに至っていない。
blogを続けた4年間、どんな場所にもPowerBookとモバイル端末を持ち歩き、8時間以上キーボードに触れない事は殆ど無かった。休んでいる間も大して変わりゃしなかったけど、23時を過ぎると何かエントリしなくちゃという強迫観念は無くなった。そしてその代わり、自分の日常から失われたものは、結局何も無かったのだ。

2400bpsでNIFTY-Serveとつながっていた頃から、ネットワークでの書き込みは自己満足に過ぎない。時に感銘を受け、誰かと共感し、何かを学んだような気になっても、実生活が激変する程の事は無かった。何人かの知人は増えたが、1000を超えるエントリの中で、有意義なコメントやトラック・バックは恐らく20に満たない。メディアに務める身を振り返れば、当然だがその力はあまりに矮小で、余暇を削って固執する程の行為には思えなくなっていた。

勘違いしないで欲しいのは、だからネットがクソだとかみんな辞めちまえって事じゃない。ここでかけがえのないものを見つけたり、大きく成長した人もいるだろう。ただ自分はそうじゃなくて、同じような人も沢山いるだろうって事だ。
前にも書いたけど、blogやtwitterで世界に発信し、大きな成果を得ているのはαブロガーやハイエンド・ネットワーカーで、毎分何千という素人ブロガーやSNSユーザの発言が、統計的にはなんの注意も払われないまま、ただパケットとしてネットを流れて行く。

だけど、そんな無為な自己顕示は他に幾らでもある。アマチュアバンド、小劇団、同人誌、コスプレ...。旅行やスポーツやおしゃれだって、辞めたって他人にとってはどうでも良かったりする。でもやってる瞬間は確かに楽しくて、それでつながったり、アガったり、癒されたりするのだ。

巨視的には辞めたって何も変わらない、誰も気にしないと思っていたblogでも、もうやらないの? とかいつ再開するの? とか数人に聞かれた。驚くべき事に、そのうち何人かは全く見ず知らず、メールした事も無いネット上の読者だった。口幅ったいので詳しく書かないが、出版する同人誌の一部に画像を使わせて欲しいとか、イベントを起ち上げる上で一部参考にした、と言う人も居た。別にその人の人生が変わった訳ではないんだけど、なんだか凄いなぁとぼんやり思った。

結局辞めても何も変わらないものだったら、気分で再開しても別にいいだろうと。まあ、ぐだぐだ考えてたら結局一周して当たり前の事に気づいたっていうか、単に一時厭きてたのが気が変わったってだけなんだけど、いつもの調子で行き当たりばったり、不必要に難しく書いてみました。

「暇だ」、とか「暇を潰す」とか、「暇だから何か面白い事ない?」とか、自分が暇だって表現キライなんだけど、暇が無けりゃこんなもん書かないし、結局ネットも暇潰しみたいなもんなんだよな。って言うのにもまだ抵抗あるんだけどさ。

たぶんまたすぐ面倒くさくなると思うけど、気が向いてるうちは続けるので、あなたも気が向いたらつき合ってやって下さい。ここ迄読んでるんだからどうせヒマでしょ?

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2009.09.20

BANZAI ATTACK

まあそれじゃリハビリのフリしてライブレポでも書くか。

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SCANDAL in NOW&NEXT Vol.2@札幌cube garden

手前味噌ですが、旬の新人アーティスト3組のジョイント・ライブ3日目のトップ。と言いつつ結局観たのはこれだけ。
入りは7割でちょっぴり惜しい感じ、札幌LIVEは去年の8月以来。注目度こそ高かったが前回は演奏にまだ若干不安があった。それがこの1年でかなり向上、してるけどDr.RINAちゃんはもう少し頑張れって去年も同じ事言ったか。
それにしてもこのバンドはBa.TOMOMIちゃんのコーラスが良い。生かオケか分からない処もあるんだが、楽器は練習すりゃ巧くなるけど声はなかなかそうはいかないしさ。今はまだアイドル:ロックバンド=7:3て感じだが東京では違うのかな。ファンと一緒に成長して行って欲しい。でも新曲はイマイチだぞ日和んな。次はワンマンだ!


で、あとの2組にゴメンナサイしつつZeppへすっ飛んで、
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木村カエラ Hyper 39 TOUR @ Zepp Spporo
こちらは当然超満員! 既にアガり切ったオーディエンスはオトコもオンナもノリノリでハンズアップ。ヒット曲こんだけやりゃそりゃ楽しいさ。で、これまた当然ながらカエラまじ歌巧過ぎ! 後半半分しか観れなかったけど1回も音外さなかったよ。
モデル上がりのボーカリストとか、みんなだいたい外見&コンセプトで語っちゃうでしょ。ファンも「カエラ超かわいい!」しか言わないしさ、でもカエラの本当に凄い処はあの抜群の安定性とキャパシティなのだ。生で観たの札幌とRIJくらいしか無いけど、本番で声掠れたりひっくり返ったりしたの観た事無い。いやボーカリストとしてそりゃ当然なんだが、だとすればその当然すら出来ていない歌手のなんと多い事か。R&Bスタイル全盛の中にあって、ビブラートとかフェイクとか余計な技巧を一切使わないのも孤高の存在だ。将来は今井美樹とか小泉今日子みたいになるんだろうなぁ。


その後一旦会社に戻り、深夜生の現場をこなして26:00から本日3本目!
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DAISHI DANCE in HOUSE NATION Aquamarine Release Party@sound lab mole

道産子ハウスDJ切り込み隊長、つぶらな瞳と睫毛がキュートなDAISHI DANCE! いつの間にか4ツ打ち癒し系として押しも押されぬ大躍進大きくなったなぁ!! RSRではボーカリストとかバイオリンとか和太鼓と合わせたり映像も同期モノ満載で、CD-Rスタートしたら手ぇ振るしか能の無いイマドキのHIP HOP DJみたいで可哀想だったが、今回は純正セレクトフィルターバッキバキのサイバーダイシPかっちょいい! 個人的にはピアノ抑えめでミニマルな方が好きなんだが、ド深夜だっつのに激盛りフロアはワカモノの汗だか酒だかでヌルヌル。いーねー20年前の札幌にこーゆーシーンがあればなぁとちょっびり俯いて踊ってたら脚踏まれました。

ちゅー事で明日は早朝からワンデイなんでこの辺で、やっぱblog更新楽しい! マタかくねボリボリ!!


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2009.09.19

SOMEDAY



街の唄が聞こえて来て、北3条通りの向こうに三日月が昇る
あの下には誰が居るんだろう

Photo


拝むようにiPhoneのカメラを向けても上手く撮れた試しが無い
あんなに大きい月が、モニタの中でケシ粒のよう


未だに本当の名前が分からない旧拓銀ビルの建設現場
鉄骨の中に星空を宿す、至高の構造体は無粋な外装に半ば覆われ、
影絵になった二機のクレーンが、やがて夜の帳を吊り上げる


窓辺にもたれ、どうでもいい事をぐじぐじ考えているうちに
軒下を夏が通り過ぎ、RSRもY150も、ライブ・ストリームから
アーカイブになって行った
J.G.バラードも栗本薫も金田伊功も
ケーシー・ランキンもマイケルもキヨシローもアベフトシも、
今ではあの薄い月の向こうで、頬が乾くのをただ眺めている


何かすれば良かったのか、でも何もしなくて、でも何も変わらなくて
あまりに凡庸な自分さえ同じ場所へ

いつか




気の利いた事が言えなくて幻滅する
仕事が押してたから、心が通わないから、それは今だって
若過ぎてなんだか分からなかった事が、リアルに感じてしまうこのごろさ


目眩する程早い、毎日の時の波
押し寄せて流される、冷たそうな人の海

それでも




視えない霧の向こうに、誰かの気配がする
TV色の空の下で、夜明け前の蒼い部屋で、
ログインページに積もった埃を落とし、ディレクトリに張った蜘蛛の巣を払い、
鈍った指がのろのろと投稿ボタンに触れる

何も変わっていないけど、何かを待っている
こんな気持ちにさせてしまうのは、君のせいかもしれないんだぜ


季節が変われば、淀んだ川も流れ出す、その先にはきっと






SOMEDAY ひとりじゃなくなり
SOMEDAY なにかがみつかる


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